奥利根沢旅〜三ツ石沢・下津川〜①
2024.10.12-14
奥利根という山域は、関東圏から決して遠くない距離にありながら、ダム湖によって隔絶され、登山道のない山々に囲まれた不便極まりない立地ゆえに、人跡まれな山域である。ゆえにそこには今なお原始性が残り、幾百とある渓流も、人間社会の影響を受けることなく、変わらず営みを続けている。
三ツ石沢は、Yの字を模る奥利根湖の左側の筋である奈良沢の一支渓である。流域や距離は短いものの、渓谷の美しさは奥利根の沢でも出色のものと聞く。ここにはいつかは行きたいと、仲間の中澤さんと共に3、4年前から狙い続けていた沢だ。
中澤さんは、湖の渡船を固く禁ずる宗教の敬虔な教徒(正確には、ロープウェイなど「移動」を目的として山に建造されたものを利用することを許さない)である。「奥利根マリン」「六方」といった単語を聞くだけで、アレルギー反応を起こしてしまう。したがって、彼と共に奥利根に入る場合、山越えかパックラフトという選択肢のみとなる。そうなると最低3日間の必要だし、必然的にルートも絞られる。
今回は米子沢から始まり、上ゴトウジ沢を降り奥利根へ入る山超え。そして三ツ石沢から下津川への継続遡下降だ。4本の沢をつなぎ、ただの一度も登山道を経ることなく、奥利根を渡る。ここに最も美しいルートが完成した。
この山行計画はこれまで、幾度となく中止となってきた。ついに実行された去年は当時カモの会のyutaさん・中澤さんと共に挑んだが、10月だというのに氷点下に近い風雪に吹かれ、低体温症になりかけた。みぞれ混じりの雨は止まず、国境稜線から先へ踏み込めずに撤退した。今年も2度計画したものの、天候不順で諦めることとなった。
あまりにも振られ続け、もう行けないのではないか?そんな気さえしていた。
しかしついに訪れた、確実なタイミング。待っていれば、来るものは来る。色々な人たちと幾度も計画したが、最終的に残ったのは僕ら2人。
僕らの、待ちに待った奥利根への沢旅は、約束された最高の天気と共に、いよいよ始まったのだった。
10/12 (晴れ/8時間25分)
清水(6:35)-米子沢(7:10)-日影沢出合(8:55)-風這い・国境稜線(10:35)-ブサノ裏沢出合(12:40)-下ゴトウジ沢出合(14:00)-三ツ石沢出合(14:25)-中三ツ石沢出合・C1(15:00)
快晴の今日は人気な米子沢への入渓者もとても多く、4ptとスライドする。本当に大盛況だ。自分は3度目となる米子沢、素晴らしい美渓に違いはないが、今日に限ってはアプローチの経路という位置付けだ。3日分の重荷を背負いながらぐんぐん飛ばしていく。
Co1350で砂岩から出合う日影沢は、昨年敗退時も利用した山越えの登路だ。特に何もない沢だが、ヌメりとボサ気味の滝には辟易する。
やがて、草原に飛び出した。 去年はここで暴風雪に見舞われて忽ち逃げ帰った。 今は爽やかな秋風が草を揺らし、まるで奥利根が手招いているよう。一歩踏み出し、上ゴトウジ沢の下降に入る。
上ゴトウジ沢は概ね下降しやすい沢なのだが、何度か懸垂下降が必要な大きな滝があった。アプローチの沢だが、これとて非常に美しい沢である。
特にブサの裏沢との出合い周辺は、ナメ床が発達しており魅了される。
ブサの裏沢を出合い奈良沢となると、流れは大きく、本流と言える風格を持つ。そこでも大きなナメや釜が出迎えてくれる。
奈良沢を下降して三ツ石沢出合いを目指していると、なんとこんなところに人影が!?
声をかけるとキノコ狩りの方だった、おそらくボートで来たのだろう。向こうも人に会うなんて思ってもなかったのか驚いた表情であった。 中澤さんもポムチムもキノコに明るくないのでなんだかはわからなかったが、カゴにたくさんのキノコが入っており、もはや一人で抱えきれない量を収穫していた。
あまり話しかけてくれるなというオーラを主人から感じたので、挨拶もそこそこに先へ進んだ。
やがて三ツ石沢出合いまでたどり着いた。 時計を見るともう少し先に進めそうだった、この先良い幕営地があるかはかなり怪しいが、少しでも進むこととした。
いよいよ三ツ石沢に入渓すると、まず、めちゃくちゃヌメることに驚いた。
沢床がツルッとした岩なので、余計にぬるぬるが際立ち、スタスタ歩くことすらままならない。
そして三ツ石沢は情報通り、ゴーロが少なく、岩盤が発達した沢だ。
これでは泊まるところもないじゃないか!と血眼になりながら隅々を探していたら中三ツ石沢出合の手前に3人くらいまで泊まれそうな平場を発見した。
ここで決まりだねと、ザックを下ろした。
10/13 (朝雨→晴れ/9時間25分)
C1(6:05)-Co1180m二俣(8:30)-大滝下(10:45/11:10)-大滝上(11:30)-国境稜線(12:40)-タマタ沢出合(14:35)-下津川出合・C2(15:30)
夜中に雨が降ってどうなるかと思ったが、大したことなく、朝にはすっかり晴れた。
今日は三ツ石沢から、最低でも下津川まで行きたい。予備日のない今回は少しでも先に進んでおきたい。
相変わらず、ぬるぬるに苦戦を強いられる。 三ツ石沢は釜がとにかく多く、噂通りの美しい沢だ。
釜のへつりもヌメりによってままならないので、割と体力を使う遡行となった。
泳ぐまでは行かないが、何度か胸か首くらいまでは水に浸かる。こと当時はブラメタの存在すら知らず。寒い寒いとぶるぶる震えていた。
Co1050付近から、一筋縄ではなくなってくる。 これまでの小滝からちゃんとした滝が連続するようになる。
小さく巻けたり登れるのが幸いする。連瀑を上から覗くと釜が続いていて可愛らしい。
奥利根の沢は、基本的な渓相は越後や谷川の沢ととてもよく似ており、ほとんど訪れたことのない山域ながらも親しい雰囲気を感じる。太陽が昇ってくれるのを待ち侘びながら、
ただ、ツルツルで寄せ付けない連瀑もあり、草つきから巻くこともしばしば。 沢に降りてもぬるぬる。
これまでは楽しいというより、気を使う沢登りという印象だ。このヌメり、そうだ、和賀の大鷲倉沢の時ととてもよく似ている!
なかなか先に進まず、なんならちょっとストレスな感じだったが、視界の先に陽光が差すと共に沢の雰囲気も変わってきた。
連瀑は落ち着き、岩も角のあるフリクションが効くものになってきた。本当に綺麗な沢だ。
ヌメりで頭がいっぱいだったが、ここは素晴らしい沢じゃないか。 ようやく三ツ石沢をしっかり体感できるようになってきた。
遠くに見える雄大な山々と対比して、なんだかすごく狭いゴルジュへと沢は変貌した。しかし、快晴も手伝って悲壮感ゼロ! ああ、こういうのを求めていたんだ。


まぶしすぎる花崗岩の先は針で抉ったようなゴルジュ。もう本当にくっつきそう。
この三ツ石ゴルジュの中には10m級の滝がかかっており、必然的に巻くしかない。右岸から巻いていくとその異様な割れ目が際立って見える。 何個か割れ目に挟まったチョックストーンがあって、その岩の上にもしっかりと草が生えていた。
岩の上のほんの僅かな土壌の上にも生命が育まれて、一つの世界を形成していることに驚いた。
ゴルジュを巻き終えて、先の滝に降りるとき、草つき斜面で中澤さんが10mくらい滑落して落ちてきた。幸いずりずり落ちてきたのでどこも怪我はなかったが、こんなところで怪我でもしようもんなら大変だ。
気を取り直して三ツ石沢の遡行を続ける。ゴルジュの先はとても明るく、開けた渓相が続く。
目前の右岸には大きな岩壁が見えてきた。三ツ石沢の白眉である大滝が近いようだ。
三ツ石沢の大滝は弓形の斜爆であり、溝状に抉られた岩盤を迸る姿が特徴の一本だ。
その独特の形とスカッと開けた空間。抜ける青空とマッチしており、素晴らしい奥利根の原風景。 奥利根の秘瀑と対面できて感無量である。
大滝は、沢を少し戻った右岸の岩棚から高巻くことにした。カモシカに見守られ、非常に眺めがよく、爽快な高巻きであった。 大滝の上は途端に源頭らしくなり、いくつかの滝を巻いたり、登ると水流は徐々に細ってきた。
三ツ石沢を最後まで詰めてみたいところだが、下津川下降のため、Co1400で右岸から出合う枯沢を詰めて国境稜線を目指す。 藪っぽい枯沢を詰めて、ついに国境稜線に立った。
上越国境稜線は巻機山・牛ヶ岳から続く稜線だが、巻機山の草原からは想像だにしないものすごい密度の藪だ。
彼のモトPさんはこの藪尾根を丸一日漕いで巻機山まで抜けたらしいが、信じられない。
我々はそのまま北側のタマタ沢を下降する気でいたが、少し藪を漕いだ先から見たタマタ沢は非常に険しく、安全に下降できる保証もない。予備日がなく、不確実性のあることは避けたかったため、タマタ沢右岸の尾根から下津川支流の小沢(南沢)を目指した。
この藪尾根下降がとっても大変で、藪にもみくちゃにされながら小沢出合いの手前に降り立った。
タマタ沢の上流を振り返ると、やはり険しいゴルジュが続いており、そのままタマタ沢を下降していたらタイムアップだっただろう。
小沢(南沢)から下津川出合いと順調に下降していき、下津川出合いの左岸の小高い河原で2泊目とした。
念願の三ツ石沢は期待を裏切らない、変化に富んだ美しい沢だった。 何より人の痕跡や残置が全くない、まさに奥利根の秘渓。中澤さんと長年待ちに待った山行が叶い胸に込み上げるものがあった。
長くなるので続きの下津川下降は別記事とします。







































